ナイスネイチャの思い出

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こんにちは、escapeです。

ダービーでは、スキルヴィングが悲しい結末となりましたが

今週、もう1頭好きな馬が亡くなりました。

ナイスネイチャという馬です。こちらは、むしろ大往生で35歳

という年齢で人間に換算すれば100歳位に相当するようです。

そんな個性的な馬であるナイスネイチャの思い出を書きます。

追いかけた馬

私が調度、競馬を始めた1990年にデビューをした馬でもあります。

競馬をしていると、段々追いかけていく馬という存在がでてきます。

成績が芳しくなくとも、つい軸でないまでもつい買ってしまう馬

それが、続くと思い入れもでてきてしまう馬です。そんな、競馬を

始めた当初、一番最初に追いかけ続けた馬が「ナイスネイチャ」でした。

生涯成績は、41戦7勝と決して強い訳でもありません。勝ったG1レースも

ない馬です(高松宮記念を制していますが、当時はG1ではありませんでした)。

それでも、この馬の個性的な成績にファンががいて近年ではウマ娘でも人気

ようです。私は、ゲームをやらないのでよくわからないのですが・・。

ナイスネイチャの同期は、これまたトウカイテイオーというエリート馬

との対比でもありました。ナイスネイチャの主戦は、今は調教師でもある

松永昌弘氏でした。騎手としては500勝ほどの中堅騎手ではありましたが

重賞などでは当時はチョイチョイ馴染みのある騎手でもありました。

1戦以外は全てこの松永騎手が手綱をとっていました

人馬一体というところです。

ナイスネイチャは、ダートの新馬戦は勝ったものの春のクラッシクには

無縁の存在でした。夏から上がり馬として頭角をあらわしてきました。

連勝で迎えた、小倉記念を制しその後京都新聞杯でも勝ち菊花賞

コマを進めてきます。この時、トウカイテーオーは皐月賞、ダービーと

2冠を制しましたが、レース後骨折しており3冠への夢はたたれ、菊花賞は

不出走でした。そして、迎えた菊花賞は2番人気でした。

制したのは、ダービー2着のレオダーバンでした。ナイスネイチャは4着

と好走したもののまだ、私はナイスネイチャ押しではこの時はなかったのです。

フジヤマケンザンという馬が3着にはいりましたが、この馬を買っていたのを

覚えています。

ブロンズコレクター

そして、菊花賞後鳴尾記念を勝ち有馬記念にでてきました。人気は古馬大将格で

あるメジロマックーンが1番人気でした。2番人気ではありましたが、私はナイス

ネイチャを軸に馬券を買っていました。そして、1着はまさかの14番人気

ダイユウサクでありました。実況でも「これはビックリ、ダイユウサク」という

フレーズが有名です。マックイーンは2着に敗れ、ナイスネイチャは3着でした。

ここから、私のナイスネイチャの付き合いが始まります。私の中ではナイスネイチャ

ベスト距離は2000mと思っていました。そして、有馬記念後骨膜炎が悪化し

春は休養を余儀なくされました。秋に毎日王冠を3着という流れでの秋の天皇賞

でした。ただ、その時の天皇賞は距離がベストも少々、昨年の夏の上がり馬の

調子にないようにみていました。結果は4着と善戦するも、あとワンパンチが

たりませんでした。その後マイルチャンピオンで3着、再び有馬記念に登場でした。

人気は同期のトウカイテイオーでした。ただ、テイオーは11着に惨敗でした。

この年のナイスネイチャは4番人気でしたが、ここもまた伏兵15番人気の

メジロパーマーの逃げに屈しました。

そして3着という成績でした。そして、翌年も重賞で2着、3着は善戦するものの勝てません

そして、再びの有馬記念でした。

ここでのナイスネイチャの評価は10番人気の低評価でしたが、私は2年連続の3着

から期待をしていました。しかし、同期のトウカイテイオーが1年ぶりの復活での

1着という感動的な有馬記念でした。その裏で、ナイスネイチャは3年連続3着という

珍記録を達成したのでした。ここで、ブロンズコレクターという称号が与えられました。

当時は、3連系やワイドの馬券はなく、基本ナイスネイチャで馬券に絡むというのは

複勝しかないような時代です。当時、単勝を中心に買っていた私はいつもあと一歩で

外してしまうというのが続いていました。

少し足りないところが魅力

G1レースでは、善戦はするもののいつもあと1歩が足りない。そして、その後の

重賞でも格落ちしたメンバーなら勝てるかといえばそうでもない。そんなところが

魅力にも思いました。また、当時厩舎のコメントなども「過去一番の仕上がり」

などという強気のコメントはでるのですが、やはりまた1歩足りないというような

結果が多くあったように記憶しています。そして、春の天皇賞、宝塚記念と4着

と善戦します。この頃は3着も厳しくなったりもありました。

そして、迎えた高松宮記念。当時はまだG1レースでもなく2000mでした。

私の中では、勝てるチャンスはここだとみました。5番人気とすでに見限られている

ところもありましたが、2年7か月ぶりに勝利するのです。

単勝でようやく獲ることができましたが、ナイスネイチャ

の久々の勝利にスタンドの歓声もでてわいていた状態でした。

その後は勝利をできませんでしたが、非常に印象深い1頭です。

産駒は、残念ながら活躍できる馬は輩出できませんでしたが、

余生を過ごしていました。そして、毎年誕生日に引退馬の寄付金

なども多く集め引退馬に貢献もしていたようです。

そして、重賞を勝った馬での長寿記録によると、ナイスネイチャの長寿は

4位の記録のようです。この辺り1位でないところが、最後までネイスネイチャらしく

思います。まさに「無事是名馬」の言葉通りの馬でもありました。

ナイスネイチャの冥福を祈ります。

 

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