こんにちは、escapeです。
連日の暑さでバテ気味ではありますが、私はかき氷が
好きなので、自宅でかき氷器を回しやたらに食べまくってます。
そんな、夏真っ盛りですが私なりの夏の思い出を3つほどあげたいと
思っています。競馬には全く関係ない思い出なので、ご了承ください。
ある日の夏の光景
どこか、夏の思い出と言えばヴァカンスでどこかに旅行をした
ようなイメージが多いのではないでしょうか。
小さい頃は、田舎に帰って過ごすというのが定例でしたが、自営を
していた我が家がいつしか、貧乏状態になり帰省をしなくなったり
しました。休み明けの学校が始まると「夏休みどこ行った?」などと
いう会話がかわされることに嫌悪感をもっていた小学校5年の時の話です。
どこかに出かけるわけでもなく、せいぜい友達と近くの区民プールに付き合う
のが精一杯の状態でした。母は、いくつかのパートを掛け持ち何とか
生活をしていた時期です。そんな、パートの休みのある日の午前中に
母が「海に行こうよ」と誘ってきました。きっと、母親もどこか連れて
行ってあげたい想いがあったのでしょう。私は、どこかそれが予期せぬ
事で非常に喜んでいました。着いたのは電車で2時間ほどの神奈川の海でした。
おにぎりを作って、2人で出かけ午後に海についた感じでした。
母は泳げるわけではなかったので、波打ち際で私が遊んでいる
のを見ながら過ごしていました。そして、夕暮れ時にそろそろ帰ろう
という時の光景が、今でも写真のように頭に残っていたりします。
どこか、このブログの画像に近いイメージでもあります。
すでに母は他界しましたが、母と2人で出かけた思い出というのは
これしか記憶になく、思い出深い1日でした。どこか、この日の光景も
あり子供は今では大きくなりましたが、小さい頃はどこか旅行に連れて行っ
てあげたい気持ちが強かったです。
小さなプライドの夏
私は、社会人になってからも少々収入が不安定な時期もあり何度か
アルバイトをしました。そんな中で、飛行機の清掃のアルバイトを
深夜したことがありました。当然夏は、飛行機は常に満席状態が多く
1日にジャンボ機も含め8機ほど清掃をする仕事です。
羽田空港に夜10時~朝7時までの勤務でした。作業自体は、そんなに大変
ではないのですが、エアコンのきれた機内は正にサウナ状態でもあります。
その中での作業で、汗の量が半端なくでたのを覚えています。また、通常
深夜のアルバイトというのは、何か事情のある人が多くやるものです。
私もその1人ですが、休憩時間などあまり相手の細かい部分まで立ち入らずに
会話をするような感じでした。私も短期でしたが、あまり長期で働いているような
人は少なかったように思います。
そしてどこか「いつまでもこんなことをしている場合ではない」
「お前たちとは違うんだ」というのをお互い胸の内に秘めていたように思います。
そんな小さいプライドが見え隠れをしていた職場でした。
特にまだ、子供も小さく特に日曜日に弁当持参で
夜家を出ていく時などは、どこか自分でも情けない想いを抱え出勤
したのを覚えています。
仕事は、予定時間より早く終わる事も多く、朝日が昇る太陽を見ながら、
色々な想いをはりめぐらしていた記憶があります。
勉強にあけくれた夏
私は、勉強があまり得意な方ではありませんでした。
当然、高校も進学校などと言えるレベルでもなく、ぼんやり
大学などの選択肢もなく、専門学校でもと思っていた高校生でした。
そんな時に、今でも「恩師」と思える先生に出会い、大学進学を
すすめてくれました。この先生とは、以前出会った記事を書きました。
記事はこちらから。そんな、先生と過ごした夏の一時が今でも思い出に
残ります。お金もないので予備校にも通わず、自宅にエアコンもなかった
状況でもありました。そんな夏休み前に先生が柔道部の練習も
あるので、毎日学校にきているから自習に来いと言われたのです。
当然、学校はクーラーがきいているので良い環境です。自習に
来た生徒も数名いました。進学校でもないので5名もいない中、
各自受験勉強をすすめていた状況です。お盆休みもなく、夏休み中勉強を
していました。そして、帰宅後も深夜まで勉強して毎日10時間以上は
勉強をしていた状況です。冬には更に追い込みで勉強時間は増えましたが、
後にも先にも、1年間はひたすら勉強をした高校3生でした。
そして、先生が夏の帰りのある日、頑張った励みにと牛丼をご馳走して
くれました。特に担任でもなく、先生も若かったのもありますが、こんな
進学校の生徒でもない状況で、応援してくれたことは今でも有難く思います。
他の先生は、ほとんど生徒に対して進学を諦めていたので、この先生だけが
異例でもありました。私もこの先生に出会っていなければ、全く今とは
違う人生を歩んでいたと思うのです。私にとっては「恩師」でもあり今でも
尊敬できる先生であり、そんな先生は他に出会えませんでした。
この3つの思い出は、毎年夏がくるとどこか、思い出してしまうような
出来事です。決して、楽しい夏の思い出には見えないかもしれませんが、
それぞれ私にとっては、意義のあった夏の思い出であったのです。
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